「スタンフォードMBA」と「自分」のギャップ。

「スタンフォードMBA」と「自分」のギャップ。

数ヶ月前の話

夏休みのインターン先を検討する上で、サンフランシスコまたはロンドンのスタートアップで働くべく、気になったスタートアップに、LinkedIn経由でCEOや自分の興味があった部署の担当者にコールドコール(メール?)を送りまくっていた。(元々、夏の後半に予定していたインターンに急遽参加出来なくなった為)

自分自身、ビズリーチ等のサービスからのスカウトメールにほとんど反応したことがない為、同じく反応がないだろうと踏んでいたところ、意外にも返信率が高い。(30%程度かな?)

しかも、返事があるようなところは、オファーまで出ることがほとんどだった。

メールを送られてきた側からすれば、ガラパゴスである日本の、しかも聞いたこともない会社出身の学生なんて全く需要がないだろう、と思っていたが、「スタンフォードMBAなんだから、絶対戦力になってくれるはず!」と言われることが多かった。

「あぁ…、こんな風に見られてしまうのか…」と、思った。

正直、夏休みになって学校を離れるまでは、周りの全員が「スタンフォードのMBA」なので、全く気にしたこともなかったが、世間(少なくともアメリカとイギリス)の「スタンフォードのMBA」に対する期待値を身を持って感じ、違和感と同時に不安も覚えた。

別に、留学したからといってこれといって分かりやすいスキルセットが身に付いた訳でもなければ、実務経験が積めた訳でもない。
何なら社会人経験は一度止まってしまっているが故に、他の同世代より実務能力は低いはずだ。
身についているのは、あくまで長ーーい人生の中で活きてくる価値観や考え方、と、個人的には整理している。

こうして短期的な期待値が上がってしまうのは、よく考えてみれば当然のことかもしれないが、自分はこれまで比較的逆張りのキャリア選択をしてきた為、不要に期待値が実力より高くなってしまうことはあまりなかったように思える。
(クライアントや投資先からの期待値という意味ではなく、あくまで社内や採用での期待値)

このような期待値ギャップは採用においてのみならず、学生の間でも発生する。

「お前はGMATの点数が高いから天才なんだな」と、僕のレジュメを見たクラスメイトに言われたことが何回かある。

自分が自分を天才だとは思ったこともないし、残念ながらそのようなレベルからは限りなく離れていると思う。
自分の思考力・想像力・記憶力等々の凡人度合いは、留学をする前も、今も、日々感じている。

しかし、クラスメイトも、大多数の人はこのようなことを感じているのかと思いきや、(少なくとも発言上は)あまり感じている人がいない様子だったのは少々意外だった。

特にアメリカ出身のクラスメイトは、ほとんどがIvy Leagueのようなトップ校出身で、その中でもGPAはバカみたい高い連中ばかりだ。
一部の除いて、ほとんどが幼少期からバリバリのエリート街道を歩んできているのだ。

本心では自信のない人もいるが、全員がそれを見せないように、必死で頑張っている。(結果、空回りしてしまっている人も多いが)
アメリカと比べて学歴社会度合いが低い日本から来ている自分からすると、彼らの生き方は苦しそうに見えることもあるが、それぐらいのプレッシャーの中で生きているのだろう。

…そんな彼らにとっては当然の世界で、自分は人生で初めて、学歴一つ、またはテストの点数一つでここまで実力から乖離した期待をされてしまう経験をしている。

自分自身はまだただの凡人だが、期待に応えられるように日々精進していかないといけないな、と強く感じているのは確かだ。
もしかすると、この圧倒的な期待値と現実のギャップこそが、天才ではない大多数のGSB生にも、非連続的な何かを生み出すキッカケとなっているのではないだろうか


授業中に教授に気づかれずお題をクリアしていくShenaniganの年間レースで準優勝(努力の方向を間違えている)

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